
源氏物語の人物
弘徽殿の女御こきでんのにょうご
弘徽殿の女御(こきでんのにょうご)は、『源氏物語』に出てくる桐壺帝の最初の女御。帝の妃で、弘徽殿に住む女御。右大臣の娘で、東宮(第一皇子)と姫宮二人の母。帝が若いころに入った最初の女御。桐壺の更衣をねたみ、のちには藤壺の宮をねたんで、藤壺の宮を慕う源氏も憎むようになった。
物語の中での呼び名:第一皇子の母の女御・弘徽殿
第1帖「桐壺」までの内容です。帖が進むと書き足します。
弘徽殿の女御は、なぜ疑いを持った?
第一皇子は、母方の右大臣家の力が強く、世間から次の東宮(皇太子)になる方として重んじられていた。ところが帝は、だれよりも美しい第二の皇子を自分のいとしい子としてかわいがり、皇子が生まれてからは、母の更衣も目に見えて重々しく扱うようになった。そのため第一皇子の母の女御は、帝が第二の皇子を東宮にするつもりではないかと疑った。
弘徽殿の女御は、桐壺の更衣が亡くなったあと何と言った?
更衣が死んでからも、死んでまで人の気分を悪くさせる寵愛ぶりだと言って、ねたみをやめなかった。
桐壺帝が悲しんでいる夜、弘徽殿の女御は何をしていた?
長いあいだ帝の夜の御殿に上がらず、帝が悲しんでいる月の夜に、夜ふけまで自分の御殿で音楽を合奏させていた。帝は不愉快に思い、帝の気持ちを知る殿上役人や女房たちも反感をもった。語り手は、負けずぎらいな女御が、更衣の死を気にもとめないふりをわざと見せていたのだと書く。
弘徽殿の女御の家族とつながり
弘徽殿の女御はどんな人柄?
負けずぎらいな性格(語り手の説明)。更衣の死を気にもとめないふりをわざと見せ、帝が悲しんでいる夜にも音楽を合奏させた。帝も、この女御の非難や恨み言だけは気にしないではいられなかった。
弘徽殿の女御のおもなできごと
- 更衣が亡くなっても、ねたんだ更衣の死後も、ねたみをやめなかった。
- 帝の悲しむ夜に音楽を合奏させた帝が悲しんでいる月の夜に、自分の御殿で夜ふけまで音楽を合奏させた。
- 第一皇子が東宮になって安心した第一皇子が東宮に決まったのを見て安心した。
- 源氏をかわいく思い、のちに憎んだ帝が第二の皇子を連れて来て御簾の中に入れると、あまりの美しさに、女御もかわいく思った。けれども、ねたむ相手の藤壺の宮に源氏が好意を寄せるので、昔の恨みがまた燃えあがり、源氏を憎むようになった。
登場する帖
- 第1帖「桐壺」
関わる言葉
- 弘徽殿こきでん
- 御所の中の御殿の一つ。清涼殿に近く、身分の高い女御が住んだ。
- 女御にょご
- 天皇の妃の位の一つ。更衣より上で、大臣など身分の高い家の娘がなる。
- 東宮とうぐう
- 次の天皇になると決まっている皇子。皇太子。
- 皇子おうじ
- 天皇の息子。
- 桐壺きりつぼ
- 御所の中の御殿の一つ「淑景舎(しげいしゃ)」の呼び名。庭に桐が植えてあったことから。天皇の住む清涼殿から遠い、東北のすみにある。
- 更衣こうい
- 天皇の妃の位の一つ。女御より下で、大納言など、女御ほど高くない家の娘がなる。
- 藤壺ふじつぼ
- 御所の中の御殿の一つ「飛香舎(ひぎょうしゃ)」の呼び名。庭に藤が植えてあったことから。
- 源氏げんじ
- 「源」の姓を与えられて臣下になった、皇族の出の人。
- 御簾みす
- 宮殿などで、部屋の仕切りに下げるすだれ。身分の高い女性は、その内側にいて顔を見せなかった。
- 皇太子こうたいし
- 次の天皇になると決まっている皇子。東宮。
- 太子たいし
- 次の天皇になると決まっている皇子。皇太子。
- 寵愛ちょうあい
- 身分の高い人が、ある人をとくにかわいがり、愛すること。





